謎解きゲーム

ここ数年は、自分が「講義に出る」ということはほぼ皆無になりました

教員になって最初のころは…教壇に立つのもドキドキで、学生側に戻りたい~と思っていたけど、最近は自分が講義することにもすっかり慣れてしまい…もはやダレダレどす

そんな折、本当に久々に講義を受ける側に戻れる機会がありましたしかも、大好きな恩師の講義

黒板に書かれた字、既に耳慣れた先生のお声、教壇から私たちを見られる仕草…すべて懐かしく泣けて来る感覚でした

内容は、役者評判記や新出刊本を使った最先端なもの袋綴じの上本を線香の入っていたらしき桐箱に納め、無造作に扱う様も相変わらずのセンセです・・・

SHELLたちには、あんだけ「本の扱いには注意しなさいっっ!」とお小言の嵐のくせに、自分はいいのかよ~なんて文句言ってたことも懐かしく思い返されます。。

それにしても、先生所蔵のとある上本と、早稲田演博所蔵の並本との比較と書誌的見解からみる当時の出版状況の推測は、さながら探偵の謎解きのようで楽しいその出版元の八文字屋と江島屋との確執が背景にあったことや、ひいては上本と並本の成り立ちを決定づける推察まで…本当に丁寧に調査されていて、やっぱり先生には脱帽です。。先生のような人を本当の意味での「学者」と言うんだな~と思いました

先生御自身も、講義の最後に「古典文学、演劇の世界は現世を生きる我々にとっては謎解きゲームのような研究、調査です。酒瓢箪を左の腰に、芝居番付を右の腰にぶら下げて江戸の市井を闊歩する町屋の主人の姿など、思い浮かべながら本の所在を想像し追いかけるんです。きっと当時はゾンザイに扱われていたに過ぎない役者番付や評判、それに台本は、今では重要な資料となる。しかし、今の重要性の感覚のまま探してもおそらく見つからない。いつも当時の感覚に自分を持って行って、想像するんです。」と仰っていました

先生の話を聞いていると、昔から江戸の町並みや道行く人たちがフワンと頭に浮かびますそういう先生の講義がSHELLは大好きでした

「人文学は生きとし生ける者にとっての永劫的な財産です。けして、最先端医療や工学に見劣りしない、人間にとって不可欠な存在です。それを胸に刻んで、研究者としての誇りをもって後に続く若い人たちに頑張ってもらいたい。」先生のお言葉、生涯忘れず肝に銘じます

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